福井地方裁判所 昭和37年(わ)257号 判決 1963年7月20日
被告人 西川久 外三名
主文
被告人西川久を懲役五月及び罰金三、〇〇〇円に
被告人浜野忠、同漆崎信一、同松田忠次を各懲役三月に
それぞれ処する。
但し被告人四名に対し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
被告人西川久において右罰金を完納することができないときは金三〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
訴訟費用中証人稲蔵に支給した分は被告人四名の連帯負担とする。
理由
(事実)
第一 被告人四名は少年西川正男同安田清春と共謀の上、法定の除外事由がないのに昭和三七年九月九日午後五時頃福井県足羽郡足羽町浄教寺地籍の一乗谷川上流(一乗滝の上流)において有毒物である青酸カリの粒を川中に投げ込んでその溶液で魚を死なせ或は麻痺させる方法で「いわな」約四〇尾を採捕し
第二 被告人西川久は
一 公安委員会の自動車運転免許をうけないで前同日午後四時頃から同六時頃までの間鯖江市糺町第四四号四四番地の三の自宅より前記浄教寺地籍の一乗滝上流附近まで軽四輪自動車を往復運転し
二 前同日時前記場所において右自動車を運転するに際し定員四名を二名超えて乗車させ
たものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人四名の判示第一の所為は水産資源保護法第三六条第六条刑法第六〇条罰金等臨時措置法第二条に、被告人西川久の判示第二の一の無免許運転の点は道路交通法第一一八条第一項第一号第六四条罰金等臨時措置法第二条に、同じく二の定員外乗車の点は道路交通法第一二〇条第一項第一〇号第五七条第一項罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、判示第一の水産資源保護法違反、判示第二の一の無免許運転の罪につきそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し、被告人西川久の以上の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから懲役刑につき同法第四七条本文第一〇条により重い水産資源保護法違反の罪の刑に法定の加重をなし、同法第四八条第一項により右懲役刑と定員外乗車の罪の罰金刑を併科し、懲役刑については右の加重をなした刑期範囲内で、罰金刑についてはその所定罰金額の範囲内で被告人西川久を懲役五月及び罰金三、〇〇〇円に処し、被告人浜野忠、同漆崎信一、同松田忠次についてはいずれもその所定刑期範囲内で右被告人三名を各懲役三月に処し、なお諸般の情状よりみて被告人四名に対し右懲役刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二五条第一項により本裁判確定の日より二年間右懲役刑の執行を猶予し被告人西川久が右罰金を完納することができないときは同法第一八条第一項により金三〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用中証人稲蔵に支給した分は刑事訴訟法第一八二条により被告人四名をして連帯負担させることとする。
(無罪部分について)
本件公訴事実中被告人四名が少年西川正男同安田清春と共謀の上判示日時場所において青酸カリを一乗谷川に投げ込んでその溶液を浄教寺地籍所在の浄教寺養魚組合経営の一乗谷養鱒場の池に流れ込ませて鱒約六〇〇尾を死なせてこれを毀棄したとの点については、被告人等の判示青酸カリ投入行為により右養鱒場の鱒が死減したことは前掲各証拠の外当裁判所の検証調書、技師中村安作、多田隆典共同作成にかゝる鱒の死因についての鑑定書及び証人伊与弥作に対する当裁判所の尋問調書によりこれを認めることができ、養鱒場の鱒の死減は被告人等の青酸カリ投入行為の結果というべきであるけれども、右結果(器物毀棄)につき被告人等に刑事責任を負わすにはその結果につき認識ないし予見のあつた場合すなわち故意(少くとも未必の故意又は概括的故意)の存在が必要であり、右故意の認められる場合にのみ右原因と結果の間には相当因果関係があるというべきであるから故意の有無につき検討する。
1、確定的故意につき
被告人等四名の検察官に対する各供述調書並びに当公廷における各供述によるも被告人等は川魚を採る目的で一乗滝の上流において判示のごとく青酸カリを流したことが認められるにとどまり養鱒場の鱒を死滅させることにつき確定的故意の存在を肯認するに足る証拠はない。
2、未必的故意につき
被告人等は右の青酸カリを流した一乗滝の上流の水が養鱒場の池に流れ込むことに気付かなかつた旨供述し、当裁判所の検証調書によれば右養鱒場の池の水は一乗滝滝壺の下の第一取入口より入り遊園地の地下を通つて第二取入口より入る三条方川の流れと合流し、山腹の用水路を経て第三取入口より入る藤懸川の流れの水を吸合して養鱒場の背後の山腹より鉄管及び自然の水路を通じて流れ込むようになつており、その経路は山腹を蛇行しているため容易に判明せず被告人等において一乗滝の上流の水が養鱒場の池に流れ込むことに気付かなかつたことも首肯しうるのである。
尤も西川正男の検察官に対する供述調書(謄本)によれば、「同人が養鱒場の見物をしているとき一乗滝の上で毒を流してもこゝ(養鱒場の池)へ入らんやろうかと話した」旨の記載があるが、同人は当公廷において証人としてこれを否定しているのみならず証人西川菊二の証言によれば右西川正男は知能が低く人から問われた場合に深く考えずに肯定する習癖があることが認められ、証人西川正男の宣誓書朗読の際の態度や証言の模様よりみても同人の知能の低いことが窺われるので、右西川正男の検察官に対する供述調書中の供述記載は到底措信できない。
検察官は被告人浜野忠の「青酸カリを一乗滝の上流で投入してもその溶液はそれほど下流にまで影響しないだろうと思つていた」旨の供述をとらえて被告人等に明らかに投入個所の水が本件養鱒場に通じている認識があつたというべきであると主張するが、前記のごとく一乗滝の水が養鱒場に引水されていることにつき認識の困難な状況が認められるので被告人浜野の右供述のみによつて右の認識があつたと速断することとはできない、被告人等が投入個所として一乗滝の上流を選んだことをもつて養鱒場の存在を考慮したものともいうことはできない。
なお被告人漆崎信一は本件犯行以前に二回一乗滝周辺に遊んだことがありプール内に水のあつたことを知つている旨供述するのであるが、当裁判所の検証調書によれば右プールの水は一乗滝滝壺の下より本件養鱒場へ通ずる引水設備より引水されていることが認められるけれども、プールの水が滝壺より引水されていることにつき仮に漆崎に認識ないし予見があつたとしてもこのことより直ちに養鱒場に通ずる引水設備の存在を認識していたと認定することは困難である。
又被告人西川久は本件養鱒場背後の山の谷川の上に溜池があると思つた旨供述するのであるが、右を目して人工的設備のなされていることの自認であるとしても、一乗滝の上流の水が被告人西川のいう溜池に通じていることまでも予見していたとは認められない。
右認定のごとく一乗滝の上流の水が養鱒場に流れ込むことにつき被告人等に認識ないし予見の認められない以上、被告人等に養鱒場の鱒を死滅さす未必の故意の存在を肯認することもできない。
3、概括的故意につき
検察官は被告人等は一乗滝の上流に青酸カリを流したのであるからその下流にある養鱒場の鱒を死滅さすことについても概括的故意があつたものというべきであると主張する。
然しながら、被告人等は一乗谷川の魚を採る意思で毒を流したのであるから一乗谷川の下流に棲息する魚については被告人等の認識如何にかゝわらず概括的故意の範囲内に含まれることは勿論であるが前記認定のごとく一乗谷川から引水されていることにつき被告人等に認識のない養鱒場の鱒を死なせた結果については右概括的故意の範囲に属さないものというべきである。けだし概括的故意というも一定の範囲内に限られ全く予見せられないところで惹起された結果についてまで及ばないと解されるからである。
4、事実の錯誤論につき
更に検察官は被告人等は水産資源保護法違反の認識で器物毀棄の結果を発生したのであるから、器物毀棄の結果につき事実の錯誤(打撃の錯誤)の理論により故意を阻却しないと主張する。
然しながら、構成要件の内容たる事実について全く認識のない場合には故意の阻却せられることは勿論であり、被告人等において一乗谷川の水流が養鱒場に引水されていることに気付かず従つて養鱒場の鱒を死なせる認識ないし予見の全くない被告人等に対し器物毀棄の結果につき過失の有無は兎に角故意責任をもつて論ずることは失当である。
検察官は予期したところと発生した結果との相異はたゞ魚の他人所有性の有無にすぎないと主張する。成程被告人等は魚を採る意思で毒を流しその結果養鱒場の鱒が死滅したのであるから魚を死なせるという点においては符合するけれども、毒の投下個所の水流が養鱒場の池に流れることにつき認識のある場合ならば格別その認識予見のない場合までも故意が阻却せられないと論ずることは相当因果関係の範囲外の結果についてまで故意責任を認めようとするものでその失当なることは明らかである。
なお検察官は抽象的符合説によつて水産資源保護法違反と器物毀棄とは可罰性において符合するから故意を阻却しないと主張するが、刑法において処罰されるのは特定の故意にもとずく行為であり故意の内容まで抽象化することは妥当でなく単に可罰性において符合するからといつて全く予期しない結果につき故意責任を認めることは明らかに失当であるから右主張も採用できない。
以上のごとく器物毀棄の点については故意の存在を認めることができないので犯罪の証明不十分というべきであるが、右は水産資源保護法違反の罪と一所為数法の関係として起訴せられたものであるから主文において無罪の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 黒木美朝)